
ちゃわ~ん!!ついに「おはしのおはなし」も40記事目だよー!!

おはしさんおめでとう~!!
よくがんばってるよね!!

そうだね~自分でもこんなに書くことがあってびっくりしてる!
難聴者ってそれだけ悩みが多いってことじゃないかな。
気づけば、このブログも今回で40記事目になりました。正直こんなに続くとは思っていませんでした。自身の体験も含めですが、「難聴」というテーマだけでこんなに書くことがあるなんて、自分でも驚いています。
振り返ってみると、書きたいことが尽きなかった理由はとてもシンプル。日々の生活の中で、大小さまざまな“不便”や“葛藤”を感じていたからです。そしてそれは、きっと私だけの話ではないと思います。
日常に潜む「聞こえない」という名の小さな不便と葛藤
難聴の不便さは外からは気づかれにくいものが多いですが、当事者の生活の中には本当にたくさんあります。「また聞き取れなかった…」「また会話の中に入れなかった…」──そういう場面が気づかないだけで日常のあちこちに転がっています。それが積み重なると、記事のネタはどんどん出てきました。
書くことに困らなかったのは嬉しい反面、しんどかった経験や苦い思い出が多かったということでもあり、複雑な気持ちです。
「難聴ってどう聞こえるの?」──その質問が一番難しい理由
よく聞かれる質問のひとつに「難聴ってどういう風に聞こえるの?」があります。でも、この問いこそ一番答えにくい。なぜなら、同じ“難聴”でも聞こえ方は人それぞれだからです。
- 雑音が特に苦手な人
- 言葉がぼやけて聞こえる人
- 特定の高さの音だけ聞こえにくい人
しかも、環境や体調で聞こえ方が変わることも多いです。家族や職場など周囲の理解度という「環境」も、生きやすさに大きく影響します。外から見えにくい分、つらい体験を抱えたまま生活している人は多いはずです。
「私だけじゃない」──難聴者が抱える孤独
私は“難聴の専門家”ではありません。たんに一人の聞こえにくい当事者です。でも、だからこそ書けることがあると思っています。
もしこの記事を読んだ若い難聴者の方が「自分だけじゃないんだ」「こうやって生きている人もいるんだ」と思えたら、それだけで嬉しいです。また健聴者の方には、見えない困りごとに気づくきっかけにしてほしいと願っています。難聴を、もっと自然に“知識”として持っている社会になったら、どれだけ生きやすくなるでしょうか。
難聴の「リアル」と「小さな感情」を言葉に
40記事を書いて気づいたのは、難聴者としての日々の悩みや葛藤がまだまだ尽きないことです。これからも、難聴者のリアルとそこにある小さな感情を言葉にしていきたいと思います。
いつも読んでくださる皆さん、本当にありがとうございます。このブログが誰かの生きやすさや安心につながりますように。そして、もっと多くの人に“聞こえにくさ”を知ってもらえる場になりますように。


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