こんにちは、小学校教員のおはしです。
今日は、学校の授業について、少し変わった視点からお話ししようと思います。
突然ですが、難聴の教員にとって「学校で聞き取りが一番しんどい時間」はいつだと思いますか?
答えは、「休み時間」です。(あくまで私の感覚です😂)
あちこちで飛び交う話し声、笑い声、椅子の音……。
音が無秩序に重なり合う休み時間は、私にとって情報の洪水を浴びているようなもの。
誰が何を話しているのか、ほとんど聞き取ることができません。
それに比べると、「授業中」はまだ安心できます。
基本的には先生(または指名された児童)という「一人の話者」が話す時間だからです。
でも、教員として働いているうちに、気づいたことがあります。
「授業の中でも、聞き取りやすい教科と、聞き取りにくい教科があるぞ?」
今回は、私の独断と偏見による「教科別聞き取りやすさ分析」をご紹介します。
「聞こえ」は「予測」でできている
本題に入る前に、ひとつだけタネ明かしを。
私たち難聴者は、耳だけで音を聞いているわけではありません。
「文脈」や「状況」から、次にくる言葉を脳内で「予測」して、聞こえない音を補完しています。
つまり、「内容が予測しやすい授業」=「聞き取りやすい授業」ということになります。
これを図にまとめてみました。あくまでおはし視点ですので、ご了承ください。😂

① 予測しやすくて大好き!「算数・理科・社会」
私にとって、心が安らぐのは算数や理科の時間です。
なぜなら、「答えが決まっているから」です。
例えば算数で「12÷3は?」と聞けば、答えは「4」しかありません。
もし児童の声が小さくて「……ん」としか聞こえなくても、
文脈から「ああ、今のは『よん』と言ったな」と瞬時に脳内変換できます。もちろん問題の解き方、考え方を文章で発表してもらうこともありますが、間違いやすいポイントも含め、だいたい予測できます。
理科や社会も同様です。
資料や実験をもとにして学習を進めますし、「光合成」「徳川家康」など、出てくるキーワード(専門用語)がある程度決まっているので、聞き間違いが起こりにくいのです。
② 実は最難関……「国語・道徳」
一方で、冷や汗をかくのが国語や道徳です。
これらは「言葉選びの自由度」が無限大だからです。
「この時の主人公の気持ちは?」という質問に対して、
「うれしかった」「楽しかった」ならまだしも、
「天にものぼる気持ち」「ウキウキした」など、子どもたちの語彙は多彩です。とはいえまだまだ文章力・表現力は発展途上なので、文脈に合った表現ができなかったり、言葉を使い間違えたりすることもあり、さらに聞き取りが難しくなります。
予測のパターンが多すぎて、脳内の検索機能が追いつきません。
「え? 今なんて言ったの?」と聞き返す回数がどうしても増えてしまいます。あきらめて子ども達の席を順番に回り、ノートを覗きに行くのが常です。
③ 物理的にムリ!「音楽・体育」
そして、予測云々の前に「環境」が厳しいのが音楽と体育です。
音楽:
歌声、リコーダー、ピアノ……音が重なりまくります。
至近距離で話しかけられてもお手上げです。
体育:
広い運動場や体育館は、声が反響したり拡散したりします。
しかも動き回っているので、相手との距離が遠い。
これらは「気合」でカバーできる範囲を超えていることが多いです。
「話し合い活動」という新たな壁
さて、ここからが今日一番伝えたいことです。
最近の学校教育では、「アクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)」が重視されています。
簡単に言えば、先生の話を静かに聞くのではなく、「ペア学習」や「グループでの話し合い」を授業中にたくさん取り入れよう、という流れです。
これは教育的には意味のあることだと思いますが、
聞き取りに課題がある児童や教員にとっては、
「授業中に突然、休み時間が出現する」ような事態でもあります。
教室のあちこちで一斉に話し合いが始まると、
「カクテルパーティー効果(騒音下でも必要な声だけ聞き取る能力)」が働きにくい難聴者は、
一気に情報の迷子になってしまいます。
おわりに
今回お話した聞き取りの難しさは、教員だけでなく、聞き取りに難しさを感じる子ども達にも当てはまることです。軽度・中等度難聴の場合は、子どもが自分で聞き取りにくさに気づいていないケースも多いと思います。聞き取りの難しさを言語化して伝えるのも難しいでしょう。
もし、授業中にボーッとしているように見えたり、
話し合いの輪に入れないお子さんがいたら、
それは「やる気がない」のではなく、
「予測できない音の洪水」に溺れかけているのかもしれません。
- 話し合いの時は、一度に一人が話すルールにする
- 大事なことは紙に書く(視覚支援)
そんな少しの工夫で、教室はもっと
「誰にとっても予測しやすい(安心できる)」場所になるはずです。とはいえ理想通りにはいかないこともあります。小学生だと、クラスの子ども全員が一人ずつ話すというルールを守れないことも少なくないでしょう。すべてを紙に書いて示すのが難しいこともあるでしょう。難聴当事者として、日々もどかしさも感じます。
学校という場所がもっともっと、聞こえで困る子ども達や教員も含め、すべての人が、学びやすく、働きやすい場所になりますように。


コメント